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naitou write
「ダッフル、slope、忘れな草」
~2024.3.3~
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ライブの開演時間ぎりぎりになっちゃうかも!と思ってかけって電車を乗り継いで下北沢に着いた夜。
駅の周辺はすっかり様変わりしていて、毎回びっくりする。
井の頭線の改札から小田急の改札をまわって、もう駅前ではない駅前劇場のビルの前を歩く。若者ばかりのものすごい雑踏を、かきわけるようにして。
左に見上げるのは、劇団の過渡期成長期、どれだけお世話になったかわからない駅前劇場。
まだ20代の若造だった私をかってくださった、当時の支配人のかたが「あら内藤さんが全部やればいいんじゃない」と、「制作ってね、そういうものなのよ」と、いくつか前例をあげて事務所をたちあげることや将来の方向性を考えさせてくれたこと、今でもとても大切に胸に残っている。
2009年夏、自力で会社をたたんですべて終わりにして、最後にひとりでご挨拶しに行った時のことも。
なんてことを思い出しながらふと右を見ると、昔劇団の現場にずっとついてくれていた照明家の大切な旧友がナチュラルに歩いているのと目が合って、一瞬なにがなんだかよくわからなくなりながら「わー!」とはしゃいで再会を喜び合う。
去年の11月、詩と音楽の夜『ナイトライト』ライブでの照明のお礼も感想もまだ直接は言えてなくて、でもなんでこんなに私もみなも安心して泣きたくなってしまうんだろうというくらい店で当日彼女が照明を吊っている姿がすべて懐かしくてうれしかった、という思いのたけをやっぱり今日もうまく言えなくて。
「せっかく会えたから、そのへんまで一緒に行きましょうか」と彼女が言ってくれて、その日のライブ会場のlete近くまで、なんだか夢中で話しながら歩いた。
「今日はこれから、劇団で仕事してた頃からずっとだいじに聴いている人のライブに行くんだ」
と言うと、「えーそれすごいですね。ずっとですか」と、ちょっとびっくりされる。
ごく短い時間でたくさん話して、どうしても彼女に伝えたくって、今はこんな本をつくっていてこんなことやろうと考えているだとかの深い話をいきなり初めてひとに話しておきながら「あ、もう時間だから行かなくちゃごめんなさい!」と、あわただしい私。
最後に、その日着てた青いダッフルコートを「よく似合う」と褒めてもらって、「私ダッフル3つ持ってるんだよね、オレンジとか」と言うと
「ああ、オレンジのダッフル!うん、なんか、着てましたねいつも!」
などと、20年以上前のファッションのことで今も笑いあえることのささやかなしあわせをあたたかくかみしめつつ、彼女に手を大きく振って走ってleteへと向かった。
息をきらしてleteに着くと、すでに入口のドアからステージへと山田さんがさっそうと登場していて、「……ごめんなさい…」と思いながら、そのちょっと後から身をかがめてこっそりと入る。
お店の方にも椅子やドリンクなどそっとご対応していただいて(ありがとうございました)、遅くなってほんとごめんなさいと涙目でダッフルも着たままに聴いた最初の曲は<今日は今日でいい日だった>で始まる『点と線』。まさにそのとおりな気持ちだったので、思わずだんだんと心がほどけてゆくように思えたんでした。
なかなか行けないleteでのライブは、距離が近くてお客さんたちの笑顔が席でもよく見えて楽しくて、他のライブではあまり聴けない歌が聴けることもある。
優しい歌、春の歌をたくさん聴いて笑って、猫の話も聞けて、そのうちなんだかとてもあたたかな気持ちになってゆく。
その日初めて聴いた未発表の曲『slope song』は、その日の私に響いた。その勢いのあるメロディや歌詞が、昔と今をつなぎあわせるような気がして。
ずっと以前につくられたのであろう曲の中の景色に、<親指たてて>今の自分をかさねることができるのは、けっこう粋なことなんじゃないのかい。と思いながら。
そしてそれは私だけじゃなくて、楽しげに歌っている山田さんも聴いているみなさんも、そんな気持ちでいるような気がしてしょうがなくって。
そう、ここは現実で現在。もう、なにをかさねてもいい。ちゃんと「今」にいるならば。
そしてその日しみじみとあらためて聴きなおした『忘れな草』という曲がある。
たおやかな花の名のタイトルと見せて、ほんとうはこんなに強い曲だったんだな、と今は思う。
<このままこのときがあと二年も続けばなあ>という歌詞の部分についての話を、最近になって山田さんからライブか文章か何かで何度か聞いたことがあって、それからはそこのところを聴くたびに胸がきゅっとなっていた。
そして私がこの歌を聴きながら、歌詞に重ねるかのようにして実際に「このままあと2年…うち続くかな…。うーん、いや、どうかな…わかんないなー」と、自分の携わっている劇団を切実に危惧していた当時のリアル。
仕事の規模もどんどん大きくなっていて1年2年先の劇場をおさえるのがあたりまえだった当時、そこを白紙にしていくことは、身を切られるようにつらかったし、同時に「劇団、もう続かないんだろうな」とも感じ始めていたあの頃。
全員、続けることのほうが、やりたいことを完全に上回ってしまった状況は、もう、あまりにも酷だったから。
だいじょうぶ。
春は来るよ。春が来たよ。
たくさんの春の歌や季節をうたう曲を、ひとつひとつ、私は大切に心に入れてゆく。
山田さんののびやかな歌声とギターが、ちゃんと言っている。
だいじょうぶ。
春は来るよ。
春が来たよ。
ここは「今」だよ。
過去も未来もふりきって、遠くで鳴っているのはただ、春のメロディ。
私はものすごくいい日にいた。
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