今夜は山田さんのソロプロジェクトバンド編成のライブへ。
週末の吉祥寺はあらゆるひとたちで大きな渦のようでした。
等身大でなんだか身近な、地に足のついた感覚をともなって優しく光る時間でした。
ライブで聴きなじんでいた曲たちも、新しいアルバムへ向けて、さまざまなよきものあしきものがまざっては光って飛びたってゆく。
私が初めて山田さんのライブに行ったのは、2000年代なかばくらい?の高円寺のちいさなライブスペースでのソロでした。
けっこう長年CDを聴いてきていながら実際にライブ会場に足を運んだことがほとんどなかったのは、それまで稽古と作業とバイト続きでぎゅぎゅっと隙間のない生活だったことや、ネットなどの情報不足、またチケットをとるまでの経済的な余裕ゼロだったこと、いろいろあるけれども、
「ずっとそばで流れていたあの歌声を実際に、じかに聴きたい。聴かなくちゃ。今は。」
そしたらなにかつきぬけられるかも。
そう思うきっかけがあったのかもしれません。
初めて行ったソロライブでは、当時のちょっといやかなりひねくれたトーク、その真逆にまっすぐに空へと伸びてゆく歌声に、思わず胸がしんとしました。
その頃の私は、ずっと携わっていた劇団事務所を法人化して大きな流れによってなぜか代表という立場につき、アーティストマネジメントと舞台制作にまつわる大切な責任のある多忙な日々をくりかえしていました。
ものすごく正直に言うと、「アーティスト」とか「ファン」とか、仕事上そういうものの気配にほとほと疲れ始めていた時期だったとも思うのです。
めんどくさいひとが無数にあらわれては消えまたあらわれてくるような仕事の日々でした。
そのへんの自分の仕事についてのくわしくははぶきます。
私がなにか発することで傷つくひとも設定も、まだこの世に存在しているからです。
そんな当時の私目線で見た当時の山田さんは、穏やかでキュートな現在とはちょっと違くて
「けっこう手のかかりそうにこじれた感じの」(ごめんなさい…!)トークをくりかえしそしてものすごくいい歌を書いて歌うことのできる若きアーティストさんでした。
以降、私はかなりの率でライブに通いました。
でも一度も終演後のサインやプレゼントの列に並んだことはありませんでした。
仕事上、携帯はすぐ留守電でパンクするような日々だったので、実際に時間の都合がつかなかったのと、あとはきっと、遠くからそっと聴いている感を自分で守ることが心地よかったのかもしれません。
ライブで聴いた曲をはなうたでそっと歌いながら高円寺の駅まで歩いてゆく自分の影、
これは唯一のないしょの非日常だってことにしておきたかったのかもとも思っています。
なにごとについても、あれから何年とか、私はあえてあまり数えないようにしています。
私の人生では、途中に思い出したくない記憶が強くはさまっていることがあって、その前後はまったく記憶がぼんやりしているからです。
そんな2000年代の私の年月を構築する楽曲たち、そしてこれからの日々にいとしく新しく響いてゆくだろう聴きなじんだ歌。
いくつになっても、未来とは、いいものですね。
なんて、こんな調子さ。
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