「マヨイガ」
- naitou
- 2 日前
- 読了時間: 5分

利根川にかかる橋の上から。
駅からここまで15分弱。利根川をはさんで、右が千葉県、左が茨城県です。
左岸の奥にかすむ町が、私の育った町。
左寄りの木々や小山には、小学校やお寺や神社。
もよりの駅は千葉県にしかなかったので、電車に乗るには川をこえて行くのがまずあたりまえでした。
橋の向こうに立派な町役場ができていたので、ちょっとのぞいてみました。
その際に、役場の入口に『民俗学の父 柳田國男 第二の故郷利根町』と大きな看板が立っていて「え」と思ったのです。
柳田國男?まじで?
それは初耳じゃない…?
私が子供の頃にはさしてとりあげられてなかった事実なのか、それとも私が子供すぎて無知だったのか。でも子供の時からそれ知ってたら、めちゃめちゃ読んでたはずだよな…。あれだけ図書館通いしてた子供時代に。
その日、町役場のあとに訪れた、小さなお寺では
「その昔、ここの地蔵堂に掲げてあった<間引き絵馬>が、少年期の柳田國男に大きな影響を与え、柳田民俗学の原点となった」とのご説明がありました。
そう、ここには地蔵堂があったんでした。
毎年秋には、収穫祭かのように利根川の土手からここの地蔵堂にかけてにぎやかに出店が立ち並び、町の子供たちにとって一大イベントのお祭り<地蔵市>があって、「地蔵市、誰と行くー?」などとはしゃいで待ち合わせたものでした。
その<間引き絵馬>なのですが、これは記憶にない。まったくない。
そう思って、絵面を見ると、大人の私でもそれはそれはぞっとするかなしみに満ちていたのでした。
もしかしたら見たことがあっても怖すぎて忘れようとしたのか、かなしすぎて子供には詳しく大人たちから説明されないでいたのか、もうわかりません。
その絵馬は、うまれたての赤子を口減らしに自分の手にかける親の姿、ふすまに映るその親の影には角が描かれていて、見るだけでもう泣き出してしまいそうな絵だったのでした。
子供の私にとって、このお寺はお正月にがんがん鐘をつきに遊びにくるところで、地蔵市とは町中の子供たちがはしゃいで出店の列を何往復もする地域のお祭りでした。
その底には、そういう歴史が思いが、累々と横たわっていたということ。
それは、私がまるで忘れていたことなのか、ずっと知らなかったのかは、もうわからない。
本当にわからない。
高校の時、国語の授業中に教科書のうしろのほう、まだやっていない章を勝手に見ることがなんだか好きでした。
つっかえずに「あめゆじゅとてちてけんじゃ」とリズムで言えるようになりたくて『永訣の朝』の文字列をじっと見つめてみたり、古文の中に好きになれそうな言葉を探したり。
柳田國男の『遠野物語』にはその時に初めてちゃんと触れたように思います。
マヨイガ。当て字で「迷い家」と書くのも見かけますが、それはそれでまた別の深い意味を感じることもあります。
95年頃、思い立って岩手花巻の賢治記念館まで強行で出かけたことがあります。
当時関わっていた劇団に制作参加した初公演を終えて、それなりに動員や宣伝は成功したと思えたものの、若すぎる学生劇団ゆえの傍若無人ぶりにさっそく疲れたり考えこんだりしてしまった初夏に、夜行バスに飛び乗ってもの思う旅に出ました。
旅の間は、何か書いたりスケッチしたりしていました。
その旅ではずっと行こうと思っていた花巻まで行って、なにごともちゃんと自分の眼で見ることに専念しました。
賢治さんには見えていたいくつかのことを、私も見てみたかった。いつかは。
その時に、「そうだ、遠野にも行っておこう」と思って予定を組みました。
『遠野物語』好きだったから。
なにぶん無理に詰め込んだスケジュールだったので、朝早くに遠野に着いて、昼すぎには帰らなくちゃという短い時間の中、のんきに自転車を借りて遠野駅からちょっと山の方まで行ってみたりしました。
ここでも、物語にそった景色をながめたり、スケッチをしたり。
そして奥まった五百羅漢に着いて、たぶん一番上までこの階段を上るのはなにかこわいというかおそれというか、説明のつかない気持ちを強く感じて、ふとカメラをかまえたらとたんにカメラが壊れました。
ひとのまったくいない、静かな山奥でした。
朝もやの中でひとり、たいした気持ちもないままカメラをかまえた私がとても失礼だったのだと思って、全部しまって深く頭をさげて、手を合わせてそっとその山を出たのでした。
子供時代の私がすごした利根町と、遠野には、何か似たものや共通の気配などがあるかと言ったら別に「ない」と思う。
どちらかと言ったら、民俗的な「共通の記憶」という面で全体を掘り下げたほうがまだ強いかもしれない。
柳田國男が夢中で掘り起こし続けた数々の記憶や伝承は、どこかに誰かに、まだまだ眠っているはずなのであって。
日曜の朝に、そんなことを考えたり書いたりしながら、窓辺で眠る猫とすごすゆるやかなひとときは楽しい。
…とかなんとか書きかけていたら、ネルネルが作業机の上のペン立てを次々とひっくり返し始めたのでさあ大変!
がしゃがしゃと床にまかれてゆくペンたち、軽く私の悲鳴、家の人の目覚まし音、すべて同時。
というわけで、じゃーこのへんで。
今日の空は曇り気味。
天気がそんなにひどくならかったら、近くの映画館に夜『アザー・ミュージック』を観に行けたらいい。前に見逃していたので。
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